出張日記

2007年

10月5日

11時、成田発のANA便で 17:00シンガポール・チャンギ空港着。
シンガポールは三年振り。マンダリン・オーチャードホテルに着いたのは午後7時。このホテルの2階にはかつて丹下事務所のシンガポール・オフィスがあった。オフィスは2階のバーラウンジに面していて吹き抜けの下がレセプションになっている。これは25年前と変わらない。レセプションでその話をしたら 部屋をアップグレードしてくれた。丹下健三の名前はシンガポールでは今でも健在である。7時半にベトナムのハノイ・プロジェクトのクライアントとホテルのロビーで待ち合わせ。近くの中華レストランで夕食をご馳走になる。ここは観光客の来ないメンバーシップの店で本当に旨い。
夕食を終え外に出るも まだ相当暑い。ここ数日シンガポール人にとっても暑い日が続いているそうだ。


10月6日

8時半カフェで朝食。シンガポールの朝食はいつも楽しみだ。特にお粥はそうだが 中国のお粥は水分がたっぷり含まれていて美味しい。しかし ここのお粥は中国式ではなく日本的なお粥。やや失望。
タクシーで10時前に Republic Polytecnicに。槙事務所が手配してくれたお陰で 現地のCO−Architects のMr・Yokが案内してくれた。 全体の構成は中央の教室群、 周囲に点在する ホール棟、体育館棟、管理棟から成る。中央の教室群は Academy Hubと呼ばれる。アカデミー・ハブは全体に平屋になっていて 屋根は緑に覆われている。赤道地帯では 有効な方法である。そこから塔状の 建物 その教室棟がにょきにょき出ている。図面と写真では良く分からないが アプローチから奥に進むに従って徐々にレベルが上がっている。低層棟は 中央の図書館をメインの動線がループ状に囲み ループに面して大小の中庭が作られている。下部のレベル差に呼応するように屋上庭園は斜面になっている。 一般には このように1階が内部化されてしまうと各棟への緊急アクセスは取り難い。しかし ここでは地上からこの屋上庭園へと連続する車のスロープにより各棟への消防車などのアクセスを可能にしている。屋上庭園には 各棟を結ぶ庇に覆われた木製のデッキが縦横に走る。所々に中庭空間が切り取られ1階の図書館や 棟空間へ光をもたらす。この考え方は熱帯に対しては正解だと思う。 空間はいわば地下空間のようなもので昼間の灼熱から逃れることができる。中国山西省のヤオトンがヒントになっているのだろうか。熱帯に暮らした者であれば太陽光線がいかに人間生活にとって辛いものかは理解できる。アフリカの原住民の住居を訪れると窓の無い真っ暗な空間に驚かされるが 闇の中に住むことが灼熱の太陽の下では快適なのである。屋上庭園を歩いているものは流石に居ないがこの緑地は下部への断熱や照り返しを防ぐ意味では有効だろう。感心したのは学生のキャンティー(食堂)である。池に面して冷房なしのオープンな空間は東南アジアでは伝統的なものである。 バンコクの市内を巡る大小の運河、ブルネイのカンポン・アイヤー(水上住居村)などに代表されるように 気化熱により 気温が低下した空気が周囲を涼しくする。天然のエアコンである。かつてはシンガポールでも冷房無しのオープンレストランは数多く見られた。確かに暑いが 自然通風が考えられていて結構快適なのである。建築とは関係ないが このキャンティーンには 中華、マレー、インドなどエスニック料理が供されている。中華のランチをここでとったがこれが安くて旨い。かつて丹下事務所時代シンガポールに出張したとき よく通りの屋台でチキンライスを食べたものだが安くて本当に旨かった。シンガポール人は舌が肥えているので味が悪いと生き残れないのだろう。 さて このRepublic Polytechnicで驚いたのは建築施工の品質の高さだ。勿論日本に比べたら見劣りがする。しかし十分に目に耐えられるものである。(日本では余りに施工の品質に拘り過ぎているように思われる)これだけの品質を保つには相当の監理作業が行われていたに違いない。特にホール棟の大ホールの内部の品質の高さは日本国内の施工に比べても見劣りがしない。この施工品質の高さが槙デザインをシンガポールに於いても 十分な成功に導いている。

このコンプレックスのメインアプローチには局面屋根に覆われた前庭 それに続く奥の教室群へと導く。 逆L字型の大屋根が架けられた屋外通路が学生や訪問者を迎え入れる。この屋外通路はそれに平行する細長い形の管理棟に取り付けられた形になっている。これらの屋外空間と内部空間が巧みに絡み合い空間のヒエラルキーを作り出している。

管理棟、ホール棟、教室群棟に囲まれた処は大きな池になっている。熱帯で生活したことのある人ならば誰でも知っていることだが水辺は気化熱のために そこだけが他に比べると涼しくなる。勿論心理的効果もある。先に述べたように そこにはオープンなキャンティーンが面し 管理棟に平行しカバーされたアプローチから教室群に入る通路もこの池に面することになる。そこを離れたのは午後二時。そこからタクシーで20年以上も前に丹下事務所が設計したOUB、UOB銀行を見に行く。当時の丹下事務所はこの他に国立体育館、
南洋大学、テレコムセンター、願美ビルなど多くのプロジェクトを進めていた。随分と久しぶりに来た。OUB(Over United Bank)とUOB(United Overses Bank)は道路を挟んではす向いに建っている。その二つを軸線上に通路が貫通する。その軸線上の通路は河岸の通りに連なっていて軸線上に立つと視線が抜けていく。河に面した通りにはチャイニーズスタイルのショップハウスが連なっている。かつて河はボート・ピープルのジャンクでいっぱいになっていた。政府はこれらのジャンクボートを完全に撤去してしまったが、これらのショップハウスは保存したのである。これは正しい選択であった。僕らが居た頃これらの伝統的ショップハウスは数多く存在した。しかしモダニゼーションの下その多くを取り壊してしまった。シンガポール政府もその需要性に気付き現在は保存に力を入れている。河に面したこれらのショップハウスも 今はリノベートされ 全てがレストランになっていて 河に面した部分はテントに覆われた屋外レストランになってよい雰囲気をかもし出している。この通りが 同一軸線上にOUB,UOBを貫通する都市空間は今見ても圧巻である。このようなアーバン的な考え方は現代の日本の建築界では失われている。OUB,UOBをじっくりと見ていくとOUBが圧倒的に良い。構成、素材、ディテールは今もってしても良い。残念なことは建物の長手部分が 面しているラッフルズプラザが地下鉄の入り口のための建物(それも二つも建てられてしまっている)によって占められた広場空間が失われていることだ。しかもヴォリュームが大きくデザインも中途半端なマレー・スタイルで作られている。UOBは新宿都庁舎の原型だ。ポディアムの両側に高層棟(280Mの高さでOUBと全く同じ高さ。これは二つの銀行がライバル関係であるため どちらを高くしてもいけないのだった。二棟とも丹下健三に依頼したのも同じ理由。何しろシンガポールでは丹下健三がNO.1であった)と中層棟が建っている。実は中層棟は既存の建物を改修したもので 平面が八角形であった。中国では 八が末広がりで ラッキーナンバーと呼ばれる。丹下健三は八角形の筒状形態を好まなかった。当然である。そのため考えたあげくふたつの正方形をずらした形にデザインし直した。そうすれば既存の八角形も生かせる。それを新しいタワーのデザインにも用いた。その結果そのふたつのタワーは同じデザインで統一されたのである。 4時頃そこを後にして 伊東豊雄の最近作VIOショッピングセンターに行く。高速道路側と東側は三次曲面の巨大なパネルが貼り付けられていてその特異な形が目を引く。海側屋上はウッドデッキの広場になっていてプールや屋外劇場が作られている。 そこに様々なレストランやカフェが面している。 聞けば8.4Mのスパンの杭が既に打たれていてそれに従ったモジュールになっているとのこと。このあたりは以前丹下事務所がマスタープラン作りをしていた所。当時丹下事務所で8.4Mスパンを決めたような記憶がある。8.4Mはナイジェリアの8.0Mが駐車場プランを作る上でやや狭すぎたため広げた数字であった。Vioの中に友人建築家Kay Ngee Tanが設計したPage @1という本屋さんがある。そこを見学。そこでkay Ngeeと6時に待ち合わせ。彼に本屋の内部を案内してもらい 彼の車で彼の新しいオフィス兼住居に行く。そこはもとも高級住宅棟(コートハウス)で築100年以上も経ったものである。中央に中庭をはさみ両側に三階建ての住宅棟が平行して建つ。1階はレストランや画廊になっている。Kay NgeeのOfficeは1階が受付とギャラリー。2階がオフィスになっている。インテリアは白壁と黒色の南洋材を組み合わせたもので美しい。家具も全て彼のデザインで天井は無く設備の配管などもむき出しであるが その処理も巧い。3階は彼の居室になっている。それらを結ぶ階段の横に 極端に縦に細長いライトウェル(光の井戸)が作られている。光というより風・換気のためであろうと思われる。そこからチャイナタウンのレストランへ。潮州料理という珍しいジャンル。味は良い。シンガポールの中華料理は世界でもトップクラスではないかといつも思う。シンガポールはどちらかというと広東系に近いので日本人好みという人もいるが、必ずしもそうとはいえない。紹興酒も最高級のものであった。深夜まで食事を楽しみホテルへ戻る。


10月7日

早朝ホテルを出る。8時半シンガポール発全日空便で一路成田へ。






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